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神戸地方裁判所 昭和33年(ヨ)262号 判決

債権者 西出政治 外四九名

債務者 東神荷役株式会社

主文

債権者等の申請はいずれもこれを棄却する。

申立費用は債権者等の負担とする。

事実

債権者等訴訟代理人は「債務者は債権者等に対し夫々別紙(二)A欄記載の金額を仮に支払え。」との仮処分命令を求め、その理由として、

「債務者は港湾荷役業者で船会社又は荷主の求めに応じ、貨物を船内に積込み或は船内から積卸す荷役作業を請負う会社であり、債権者はいずれも後述本件争議当時その従業員(船内作業員)であつて債務者の作業手配により、即ち監督の指示で組を編成し債務者会社のフオアマンと当該船長との打合せに基き作業を行うべき船舶に乗船した上債務者会社の本船責任者の指揮の下に右荷役作業を行うものであるが、その賃金については前月二十一日から当月二十日迄の分が毎月二十五日に支払われるものと定められており、各債権者の昭和三十三年五月初旬(以下昭和三十三年の記載を省略する。)における平均賃金を労働基準法第十二条により計算すればその金額は別紙(二)B欄記載のとおりである。

債権者等全員は全日本港湾労働組合神戸地方本部(以下地本と略称する。)東神支部所属の組合員であるが、地本は二月五日基本賃金月額二千円の引上げ外五項目にわたる要求書を提出して債務者及びその同業者である日本運輸株式会社以下(日本運輸と略称する)、神戸海陸作業株式会社(以下神戸海陸と略称する。)及び昌栄運輸株式会社(以下昌栄運輸と略称する。)(以下右の四社或は内昌栄運輸株式会社を除く三者を指して業者と略称する。)と交渉してきたが容易に妥結に至らず、地本は三月二十五日闘争宣言を発し翌日以降数度にわたつてストライキ等の争議行為を行い債務者等業者はロツクアウトをなし、その後五月十二日ロツクアウトが解かれ同日から地本組合員たる債権者等が就労できるようになる迄引続き争議状態にあつたもので、その間の団体交渉争議行為等の経過は別紙(四)記載のとおりである。

債権者等は前記のように債務者の手配に従い船内で荷役作業に従事するものであるから、作業手配を受けない者は当該船長から船内立入を許されないので、債務者会社は五月三日早朝同会社内にある債権者等労務者の寄場に前日付ロツク・アウトの告示を掲示し債権者等にこれを告知するとともに、債権者等の作業手配を中止し為に爾後債権者等の就労を不能ならしめることによつてロツク・アウトをなしたものである。

しかしながら、およそ憲法、労働組合法によつて労働者の団体行動権、争議権の認められる所以は、労働者が本来経済的優位にあつて雇傭関係上有利な立場にある使用者に対して対等に交渉できる地位を保持させることを保障する為である。従つて、労使対等、争議対等の原則は労働者に争議権があるから使用者にも争議権が与えられるというものではなく、ロツク・アウトも使用者が労働者の争議行為から自己の財産を防衛する必要最小限の対抗措置として認められるに過ぎない。本件ロツク・アウトは争議中の従業員に代わる労務者の補給により債務者の荷役作業の遂行を確保する必要上なされた積極的攻撃的なものであつてこれを正当なものということができない。即ち若し労働者が闘争宣言をすれば使用者が右の理由でロツク・アウトをなし争議中の労働者以外の者で作業を遂行することができ、しかも労働者に対して賃金を支払う義務がないとすれば本件のように一般工場と異り第三者管理下の船舶が作業場である場合にはスキヤツプの使用は極めて容易であるから、使用者は争議行為によつて何等の痛痒を感ずることなく、労働者の争議行為を傍観できる立場に立つからである。

のみならず、地本は団体交渉を始めて以来既に八十日に及ぶ長期の争議の結果組合員が困窮していること及び港湾企業のあり方組合員所属の各企業の内外の矛盾から生じる事態の推移等を考慮した結果五月五日業者四社に対して、地本は早急に争議状態を解決すべく決意したから同月六日午後二時から地本と業者四社は誠意をもつて団体交渉を再開すること、地本は全組合員が平和的就労状態に入ることを保障するから業者は全組合員を直ちに作業に就かせる処置をとること、との申入(以下就労申入と略称する。)をなした。しかし、債務者会社常務取締役西島寛は業者代表として同月六日午後一時過ぎに業者の協議の結果右申入を拒否する旨回答し業者はその後も同月十二日に至る迄ロツク・アウトを継続した。

しかし、およそロツク・アウトは労働者の争議行為に対抗するものだけがその正当性を認められるものであるから、労働者が争議行為を中止して平和的な就労状態に入ることを保証する限りはこれに対抗するロツク・アウトは正当性を欠くものと云わなければならない。

そうすると少くとも五月七日から同月十一日迄の間になされた本件ロツク・アウトはいずれの点よりみるも違法であるから、債務者は民法第五百三十六条第二項により債権者等に対して右期間の賃金として前示平均賃金額の五日分である別紙(二)A欄記載の金額をその弁済期である同月二十五日に夫々支払うべき義務がある。

ところで債権者等はいずれも労働力の切売りにより生活を維持するものであるが、殊にエンゲル係数の高い肉体労働者であつて、収入の三分の一以上の減少が肉体的にその労働力の再生産を不可能にすることは周知の事実であるところ、本件争議中不就労のため賃金を受取らぬ日も多く、例えば債権者加古、橋本、則長等債権者のうち平均に近いものの五月分の賃金をとつてみても三分の一以上の減収を来しており、当時は労働金庫からの借入によつて最低の生活を維持してきたものである。本件争議によりその後の給与の増加があつたことは事実であるが、毎月の収入の一部を右借入金の返済に充てていることもあるので、右増収もにわかに生活費の不足を回復するに足りない。又本件争議を契機として地本東神支部に脱退者がでて第二組合が結成されたが、このことは本件争議の労働者に与えた打撃の深刻さ及び債権者等の生活がゆきづまつていたことを物語るものである。

よつて現在の生計及び労働力の維持のため本案判決を俟たずして債権者等にとつて決して僅少とは云えない前記金員の支払を受ける必要があるので本件申請に及んだものである。」と述べ、債務者等の主張に対し、

「債務者は本件ロツク・アウトの正当性に関し、本件争議における債権者等の要求は過大不当のものであり、当時の会社の経営事情から到底応じることはできないものであつたと主張するが、本件争議が容易に解決しなかつたのは業者が他の大きな力の制約を受け自主的に対処することができなかつた為であつて、債務者主張のような事情によるものではなく、従つて債権者等の要求は過大不当なものでないから本件争議も特異なものということはできない。

次に債務者は債権者等の争議行為により蒙る債務者の影響につき港湾荷役作業の特殊性を強調するが、一般工場においても争議による業務の停止は直接自己の企業に対して損害を蒙らしめる許りではなく、注文主、買主等に迷惑をかけ此等第三者の予定を狂わせることになる点本件における場合と比較して何等の差異はない。むしろ一般工場においては業務を一度停止すれば操業の再開に相当の日時と多大の費用を要するものがあるが、本件のような作業にはその仕事の性質からしてこのような問題は存しないものである。

更に、債務者は就労申入に関し、右申入によつても債権者等の争議行為発生による債務者の業務の妨害の危険は除去されないと主張するが、就労申入には早急に争議状態を解決するために誠意をもつて団体交渉を再開したい旨明記されており、従来債権者等がこのように休戦を約した際これを破つたことのないこと及び本件ロツク・アウト解除後六月十二日本件争議が妥結するに至る迄の債権者等地本側の態度をみても債権者等が誠意をもつて債務者等業者と団体交渉をなす為に右申入をなしたことが明らかであるから、この申入に対し団体交渉を拒否し、ロツク・アウトを継続した債務者の行為は不当労働行為であつて到底正当なものと解することはできない。

又債務者の五月七日から同月十一日迄の賃金として支払われるべき金額に関する主張は正当ではない。即ち、従業員が休業を命ぜられたときの賃金額は債務者主張の通りであろうが、債務者の主張するように五月十日、十一日に債権者等が就労すべき船舶が入港せず従つて債権者等の取扱うべき作業がなかつたというような事実はなく、仮にこのような事実があつたとしても本件ロツク・アウト宣言以後は債権者等と債務者は問題無用の状態にあつたのであるから、債権者等が、前日或は当日休業を命ぜられたことはなかつたので社休手当に関する規定の適用を受ける余地はなかつたのである。而も、債務者主張の労働基準法第二十六条の休業手当に関する規定や右社休に関する規定はいずれも会社の通常の経営上の障害による休業の際に適用さるべき規定で本件のようなロツク・アウトによる積極的な就業拒否の場合には適用せらるべきものでない。」と述べた。(疎明省略)

債務者訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

「債権者等主張事実のうち、債務者の業務に関する点、債権者等がその主張の争議の当時債務者会社の従業員としてその主張のように作業に従事しかつ地本東神支部に属していたこと、債務者会社における債権者等従業員の賃金の支払方法、時期については、債権者等主張のような定めのあること、債権者等の当時の平均賃金額がその主張のとおりであること及び地本が債務者等業者四社に対し二月五日基本賃金引上等の要求をなし、爾後その主張の経過で、争議状態に入り、その間債権者等地本組合員が争議行為等をなし、債務者等がロツクアウト等をなしたことはいずれもこれを認める。

債権者等は本件ロツク・アウトの違法を主張するけれども、本件争議当時の債務者の経営事情よりみるときは、地本の要求するように基本賃金の引上げを行うことは到底不可能な状態にあつたので債権者等の賃金引上要求がなされて以来数次の団体交渉において債務者はその旨述べて将来経営事情の好転する迄団体交渉を見合わせるように述べたのであるが、これに対し地本は三月二十四日付闘争宣言を発し、同月二十六日以降二十四時間スト、船内作業中その現場における時限スト、更にピケツト、シツトダウン等の争議行為を相次いで行い、債務者の受ける損害は著しくかつ増大の傾向にあつた。而も債務者の行う港湾荷役作業は、第三者の管理に属しかつ一定の時間的予定の下に運航される船舶内で行われるので港湾荷役作業者は船会社又は荷主との契約において予定した時間内に荷役作業を完了すべく、これができないときは海上運送事業の複雑な特殊な構造により船舶の次航海の予定の変更、滞船料の発生等各方面に莫大な損失を与えるものである。その為船会社や荷主においては労働争議による不慮の損害の発生をおそれて争議中の労働組合員の上船作業を強く嫌うばかりでなく、争議中の会社を避けて他の業者に荷役作業を委託することが多く、本件争議においてもそのような事態が発生した。而も船会社又は荷主が一度他の業者と委託関係を結んだときは再びその得意先を自己に引戻すことは困難であるから、かかる事例が次々と発生すれば債務者の営業は回復すべからざる甚大なる打撃を蒙り会社の存立すら危くなる虞があるのである。かかる業務上の特異性により、港湾荷役業者である債務者の争議行為による影響及び損失は、一般工場が従業員のストライキにより業務を一時停止することによつて生ずる結果と比較して著しく大きいものがある。

殊に二十四時間ストライキのようなものを前日に予知できる場合には組合員に代る臨時人夫の雇傭或は日頃債権者等と共に債務者会社の荷役作業に従事していた下請業者の使用によりストライキ中の作業を続け、ストライキによる作業の支障を除去することができるが、これを予知できない場合はたとえストライキの直前に告知されたとしても作業継続に充てる労務者の補給は不可能となりその間完全に作業が中止されるからこれによつて生ずる荷主、船主の損失は甚大なものとなる。このような作業上の特質を熟知している債権者等は債務者に甚大な打撃を与える反面自らは賃金カツトの比較的少い抜打ストを波状的に敢行し、かつその間ピケツト或はシツトダウン等の争議行為を繰返したことは前示のとおりである。

これより先、債務者は四月四日債権者等地本組合に対し、会社側は地本との団体交渉において能率給を加味した実質賃金の増加を図る案を出していること及び会社側は地本組合員が事態を重視して慎重に考えることを切望するが、争議の経過によつては企業防衛の手段を講ずるかも知れないことを明らかにしてその反省を促したけれども争議状態は益々激烈となり、債務者の経営上の危機も増加するばかりとなつた。

かようにして債務者は債権者等の激烈な争議行為から発生する著しい損害を蒙りつつあつたので経営者として債権者等の就労を停止し下請業者等によつて当面の作業を継続しよつて企業の安全を継持し、同時に争議を妥結に導かんが為に前示のようなロツク・アウトをなしたのであるから、結局本件ロツク・アウトは使用者たる債務者に与えられた正当な手段と云わなければならない。又本件ロツク・アウトにおいては右のように就労を停止した債権者等に代つて下請業者によつてその間の作業を代替せしめたものであるが、例えば或る会社の従業員に組合員と非組合員とがある場合組合員のストライキ或はロツク・アウト中は非組合員によつて作業を継続することができるように右下請業者の使用は使用者に許された争議手段としてのロツク・アウトの本質に何等影響を及ぼすものではない。

次に右ロツク・アウト中、地本から五月五日業者四社に対して債権者等主張の就労申入のあつたこと及び債務者会社常務取締役西島寛が業者代表として翌六日午後一時頃回答をなしたことはこれを認める。しかし右回答は当時業者四社の従業員の各労働組合内部に新たな事態が生じ、四社は対組合関係において各事情を異にするようになつたので、今直ちに地本の要求するように四社統一交渉を開くことは四囲の情勢から適当でなく、何時団体交渉を開くかは追つて通知すると述べたものであつて、債権者等主張のように団体交渉再開を拒否したものではない。

債権者等は債務者が右平和的就労申入があつたの拘らずロツク・アウトを解かなかつたのは違法であると主張しているが、地本が三月二十五日発した前記闘争宣言の結語には、我々も亦ここに自からの判断に基づき必要有効な時点において随時全面ストライキを含む実力を行使して要求の貫徹を期し闘うの決意を固めた、とあり右宣言の下で地本は随時ストライキ指令を発する権限を委譲されており右就労申入当時にもこの宣言が存在していたが、五月十一日付の業者三社と地本の連名告示により同月十二日ようやくこれが撤回されたものである。そしてこの闘争宣言の下において地本は数次の団体交渉の直後には必ずストライキを決行しており、五月十日朝地本副委員長兼同東神支部長である債権者西出政治は同支部組合員に対し団交の申入はしているが闘争宣言は撤回していないから、何時またストライキに入るかも知れない旨演説していた事実もあるので、仮に地本の就労申入をそのまま信用し団体交渉中は地本組合員が平和的に就労するものと解しても、若し団体交渉が地本の意のままに進まない場合には団体交渉を打切つて直ちにストライキに入ることもあり得るものと言うべきである。結局債権者等地本組合員の従来の争議行為の実績に徴し、単に団体交渉中の平和的就労のみを保証する右就労申入だけでは到底ストライキその他の争議行為による急迫した作業上の支障の発生する危険は未だ除去されたものと言うことはできないので、かかる情勢下においては会社は依然としてロツク・アウトを解かねばならぬ状態に立至つたものと云うことはできず、従つて債務者が債権者等の就労申入に拘らずロツク・アウトを継続したことは正当であつて何等違法なものではない。

以上、債務者のなした本件ロツク・アウトはいずれの点よりみるも正当であるから、正当な使用者側の争議行為としてその間の債権者等に対する賃金支払義務が免除さるべく、従つて債権者等は本件ロツク・アウト期間内である主張の期間の賃金請求権を有しないものと云わなければならない。

なお、仮に債務者が債権者等に対しその主張するように五月七日から同月十一日迄の賃金を支払わねばならないとしても、その金額については次のとおりである。即ち債務者会社の直傭作業員中指名日傭労働者を除く全員(常傭労務者)に適用される労務者給与規定によれば、作業員が作業の都合上当日休業を命ぜられた場合これを当日社休或はA社休と名付け社休手当として当該作業員に対して、時間給及び出勤給の八時間相当額の六割の八額が支払われ、前日に休業を予告した場合はこれを予告社休又はB社休と云い、社休手当として一率に金二百円が支給される定めとなつており、一方指名日傭労務者については給与規定協定書により右A社休につき金二百円B社休につき金百円を支給すべきものと定められ、直傭作業員全部を通じB社休第二日目以後はA社休に準じ賃金を支払うことになつている。ところで、債権者福谷、細井、村上、前田、中山、宮本、浜田の七名は当時指名日傭労務者であり、その余の債権者等は当時常傭労務者であつたが、五月十日、十一日には債権者等直傭労務者が作業をなすべき本船の入港がなく、債権者等を就労させることは不可能であり、このことは五月九日には債権者等に予告できたところであるから、予告社休となり予告社休手当が支給されるべきであり、同月十一日については前日債権者等休業のために休業予告ができないので当日社休として当日社休手当が支給さるべきである。そしてその余の三日間は労働基準法第二十六条所定の休業手当、即ち同法第十二条に云う平均賃金の百分の六十を以て支給の限度とする。以上のとおりであるから、各債権者に右期間に支払われるべき金額は別紙(三)C欄記載のA社休手当一日分、同D欄記載のB社休手当一日分及び同E欄記載の前記休業手当三日分、合計同F欄記載の金額にすぎないものである。

次に、債権者等がその主張にかかる賃金を仮処分により仮に支払を受けなければならない必要性があるか否かについて述べる。

債権者等の内別紙(五)記載の十五名は同記載の日に同記載の退職金の支払を受けて債務者会社を退職したが、その内債権者南山、重山、清瀬、坂井、手塚の五名はその後債務者会社の指名日傭労務者として就労し、他の債権者等は夫々他に職を得て生活を維持している。又前記債権者福谷外六名の本件争議当時指名日傭労務者であつた者はその後全員指名を解除されたが、引続き債務者会社その他において日傭労務者として働き、その余の債権者二十八名は従来通り債務者会社の常傭労務者として雇傭関係を継続している。

ところで、債権者等の本件争議期間である四、五月分の収入が賃金カツトの為平常に比して減少していることは事実であるが、債権者等の内地本東神支部役員で本件争議の為著しく欠勤の多い債権者西出、続木、岩田の三名及び本件争議前に欠勤が多かつた為争議前より争議中の方が収入の増加している債権者南山、平井、荒木の三名を除く債権者等について、一月乃至三月と四、五月の収入を比較し、かつ常傭労務者と指名日傭労務者とに分ち夫々の平均を示せば別紙(六)のとおりである。

しかしながら、債権者等は地本の斡旋により労働金庫から借入れた金七十三万円の資金の内から生活資金の融資を受けており、その内訳は、四月中一人当り金三千円、五月五日同じく金二千円、五月二十八日同じく金八千円の三回に亘つており、債権者等の内三回共融資を受けた者もあるが、後の二回についてはこれを受けず或は一回限り融資を受けた者もある。以上の事実によると四、五月における債権者等の減収は右の融資により略補給できているのでその間債権者等は特に生活に窮迫を来すことなく経過したものと云うことができる。

尤も右借入金は債権者等の債務として残存し、爾後これを返済しなければならないのであるが、右借入金は毎月金千円宛分割弁済し、利息は最後に返還すべき月の翌月に支払うべきものと定められているのであるから、五月を第一回として全額借受けた者でも昭和三十四年六月には優に完済できる許りでなく、債権者等はかねてから労働金庫に毎月金五百円の積立貯金をなし、これは本件争議中においても引続き実行されているから、この貯金は右借入金と相殺できるものである。

のみならず、債権者等は五月十二日以後は平常の就労状態にあつて争議妥結の結果増額された収入を得ており、本件争議当時常傭労務者であつた債権者四十三名の内前記組合役員の三名を除いた全員を例にとれば、争議前の一月乃至三月において平均収入一月当り金二万六千百二十円に対し、六月乃至十一月において同じく金二万七千四百二十円、十二月乃至昭和三十四年二月において同じく金三万二千八百二十六円となつている。それであるから、この点よりみても前記労働金庫に対する毎月金千円の弁済の容易であることが首肯できるのみならず、争議妥結後債権者等は平常な生活状態を維持しているものと云うことができよう。

債権者等は、第二組合の成立をもつて、債権者等の生活困窮の証拠としようとしているが、これが結成されたのは本件争議による生活上の影響を脱した争議終了後六箇月を経た十一月末のことであり而もその原因は本件争議を指導した組合幹部に対する不満であつて債務者会社の従業員の生活問題によるものではないのである。

ところで、およそ仮処分の必要性の有無は仮処分申請の時ではなく判決のなされる時の現状によつて決すべきものであるが、債権者等は前述のように本件争議の行われた当時は本件申請にかかる五日分の賃金をも補給できる金額の融資を得てこれによつて生活を維持し、その後これを返済してもなお争議前の給与以上の賃金収入で生活を維持しているものであつて、今日では争議時における賃金収入の減少によつて生じた生活上の支障も解消しているのである。而も本件は不当解雇による賃金支払の中絶による労働者の生活上の危機を救済する仮処分申請のような場合とは異り、債権者等はその継続的な労働により月々安定した収入を得ているのであるから、本件申請にかかる単に一回限りの而も少額の金員の支払を得ない為差迫つた生活上の困窮により本案判決を俟つことができないというような事態は存在せず、従つて本件申請の仮処分はその必要性を欠くものと云わなければならない。

以上いずれの点においても債権者等の本件仮処分申請は失当である。」と述べた。(疎明省略)

理由

債務者が港湾荷役業者で船会社又は荷主の需めに応じ貨物を船舶に積卸す荷役作業を請負う会社であり、債権者はいずれも本件争議当時その従業員(船内作業員)であつて債務者の作業手配により、即ちその手配業務担当者である監督の指示で組を編成し債務者会社のフオアマンと当該船長との打合せに基き作業を行うべき船内に乗船した上債務者会社の本船責任者の指揮の下に前記荷役作業に従事していたものであること、債権者等はすべて全日本港湾労働組合神戸地方本部(以下地本と略称する。)東神支部所属の組合員であるが、地本は昭和三十三年二月五日(以下昭和三十三年の記載を省略する。)基本賃金月額金二千円の引上げ外五項目の要求書を提出して債務者及びその同業者たる日本運輸株式会社(以下日本運輸と略称する。)、神戸海陸作業株式会社(以下神戸海陸と略称する。)及び昌栄運輸株式会社(以下昌栄運輸と略称する。)(以下右の四社あるいは昌栄運輸株式会社を除く三社を指して業者と略称する。)と交渉を続けてきたが妥結に至らなかつたこと、そこで地本は三月二十五日闘争宣言を発し翌日以降数度にわたつてストライキ等の争議行為を行い債務者等業者はロツク・アウトをなしその後五月十二日ロツク・アウトが解かれ同日から地本組合員たる債権者等が就労できるようになる迄引続き争議状態にあつたものでその間の団体交渉争議行為等の経過が別紙(四)記載のとおりであつたことはいずれも当事者間に争がない。

そして五月三日早朝債務者会社が同会社内にある債権者等労務者の寄場にロツク・アウトをなす旨の掲示を張出し債権者等に告知するとともに債権者等の作業手配を中止し、為に爾後債権者等の就労を不能ならしめたことは当事者間に争がなく、いわゆるロツク・アウトは使用者がその生産手段である工場事務所等を閉鎖し、労務者を一時的集団的に締出す事実行為であるから前示のような港湾荷役作業の形態からして債務者は債権者等に対して五月三日以降ロツク・アウトを実施したものというべきである。

元来労働者に対して憲法法律により争議権を保障している所以のものは社会的経済的に劣位にある労働者を優位にある使用者と対等の地位に引上げて対等の立場において種々の団体交渉を行わせるにあるのであるから、使用者に争議行為として無制限にロツク・アウトを許すことは一応労働者の争議権の保障により対等の地位に保たれた労使の立場を崩壊せしめることになるので許されないものというべきであろう。

しかし、右は抽象的に考えられた勢力関係の対等であつて具体的な場合には右のような理論が通用しない場合があることは云う迄もない。特に労働者側が例えば部分ストライキ等の争議手段を反覆継続することによりその強力な圧力により勢力の均衡を失わしめ一方的にその労働関係上の主張を貫徹する結果になる場合がある。即ち右のような場合には使用者に対し生産に役立たない労働者を握らせ賃金の支払だけを強制する結果となる為に使用者側の地位は殆ど一方的に劣弱化せしめられる。このような場合において使用者側はロツクアウトの手段に出てその効果として賃金の支払義務を免れることにより勢力関係の対等を保つことができるのである。それであるから一般的に労働者側の勢力が強大であり、そのとる争議行為が強烈であつて、為に使用者側にその企業のよつて立つところの基盤を崩壊せしめるに至るような異常な損害を与えるような場合においては既に労使間の勢力の均衡は失われたものとしてロツク・アウトは許されこととなる。何となれば、企業を崩壊させるような争議行為は一方的に使用者側を窮地に陥らしめ、労使勢力均衡の場においての団体交渉というものを無意味なものとし、これを争議法の目的とする分野に引戻す必要があるからである。一般にロツク・アウトは先制的攻撃的なものであつてはならず、防衛的なものに限つて許されると云われているが、これは結局右に述べたような意味において首肯されるのである。

尤もストライキ等の争議行為に付随してなされる工場占拠、生産管理、器物設備損壊、保安要員の引揚等に対してもロツク・アウトが許されることがあるが、右は企業所有権の防衛や公共の安全確保等を目的としてなされるものであつて労働関係に関する主張を貫徹する為になされるものではないから既に争議行為としての意味を持たない。むしろ違法な争議行為を防止せんとするものであつて労使の勢力関係の対等を確保しようとするものではない。

以上のように考えるとロツクアウトの正当性の問題は個々具体的な場合にあたつてその手段目的等を考え更に労使双方の勢力関係を検討して右の見地から考察しなければならない。

そこで先ず本件ロツク・アウトの目的について考えてみるに、証人西島寛の証言及び弁論の全趣旨によると、債務者は債権者等が船内で作業中に抜打ストをすることによりスキヤツプの使用が困難であつたこと、債権者等の度々のストライキで機械荷役が困難となり手荷役のみにたよらなければならなくなつてその為機械荷役を好む顧客を失うに至つたこと、債務者はストライキ中はスキヤツプである下請業者に仕事を交替させていたが、その費用が債権者等直傭を使用した場合と較べて割高になつたこと、このように下請のみを使用する場合が増加すると下請の地位が独立向上して為に債務者の経済的地位が将来に亘り低下するおそれがあつたこと、債務者は争議状態から発生する以上の様な損害を考慮して下請を使用して荷役作業の正常な遂行を確保しかつ争議の速やかな解決を図る目的で本件ロツク・アウトがなされたことが疎明せられる。

しかしながら、スキヤツプの使用が容易であるか否か、又その費用が割高であるとの点及び顧客を失うに至つたとの点はいずれの企業内のストライキにおいても見られる現象であつて特に港湾荷役を目的とする債務者の企業における特殊なものと解することは出来ず(殊に、第三者の管理する本船内の作業ではピケツトは困難であり従つてスキヤツプの使用は容易であると考えられる。)却つてストライキにして若し以上のような現象を全く伴うことがないならば何等使用者側に痛痒を感ぜしめるものではなくなり争議行為としての価値のないものである。即ち争議行為殊にストライキは使用者側に何等かの損害を与え又はこれを与える可能性があつて始めて有効な労働者側の手段となるものであるから、債権者等の争議行為によつて右のような結果を招来するとしてもこれにより特に債務者にその企業のよつて立つ基盤を壊滅せしめるような異常な損害を発生せしめたとか、又はその発生のおそれ、殊に一旦荷主が他の業者と荷役の契役を結んだ場合再び債務者が従来の顧客を取戻すことが困難となるというような点についての疎明のない本件にあつては、右のことからして直ちに債務者が右ロツク・アウトによつて右争議行為に対抗しなければならない情況にあつたものと認めることができない。ただ抜打のストライキは作業を混乱させるものであり、証人原口喜弥の証言によるもそのことが疎明されるが、その実態は明らかでなく又同証言によるとこのような場合には他の船内で働いている債務者会社の使用の労務者を二、三人宛ストライキの行われた船内に配置させて作業させることができ、殊に機械荷役を中止し、手荷役作業のみを行うことにより機械荷役に習熟している債権者等直傭作業員を必ず使用せねばならない事情は消滅し、従つて他の作業員を使用しても容易に作業を継続することのできたことが疎明されるので、右抜打ストライキが度々行われたことによつて右が直ちに債務者に通常の損害を超えた異常な損害を与えたものと云えないのでこれに対してロツク・アウトをする必要があつたとは考えられない。右疎明に反する西島証人の供述は信用し難い。

次に下請の独立を阻止し債務者の仕事の減少を防止しようとした点については、下請業者の地位の向上変動は債権者等直傭に対するロツク・アウトによつては避け得るものでもなく、又前記疎明によれば債務者は自ら進んでロツク・アウト中は主に下請を代替者として就業させていたことが疎明されるところ、このように下請業者に仕事を与えることも亦自体下請の独立を促進する一原因に外ならないのであるからこれをもつて本件ロツク・アウトを正当づける根拠とすることはできない。このことからも考えられるように債務者のなしたロツク・アウトは異常な損害を防止し労資対等の場を作出せしめるというよりか、一方的に組合に対し打撃を与え速かに争議を解決しようとする目的に出でたものと解される。又前記証人は本件争議による異常な損害として争議中の四月には債務者の扱つた荷役の量が十二万トンあつたのに争議中下請を多く使用したためにほぼ一年後には二万トンに減少し昭和三十四年八月には経営上の危機が到来するおそれがある旨証言しているが、ロツク・アウト中の下請使用は前示のようにその理由とはなり得ないし、ストライキ中のスキヤツプとしての下請の使用は従来債務者会社においてバラ荷等は債権者等直傭労務者に作業せしめていないので下請のみ作業する場合のあることが原口喜弥証人の供述によつても明らかであるところ、本件争議期間中における債務者の取扱荷役の種類が従来の取扱例によれば直傭労務者を以て第一次的に作業に当らせるべき種類の荷物が主であつて、バラ荷等従来から下請をして作業にあたらしめていた種類の荷役が少なかつたことの疎明はないのであるから限られた争議期間における限られたストライキ時間内での下請のみの使用が直ちに右のような作業量の減少を招来したものとは到底考えることはできない。この点からして債権者等の争議行為によつて下請の独立が促進され、従つて債務者会社の作業量が減少したということはできない。

そしてその他の債権者等の争議行為により債務者に異常な損害を与え、又は与えるおそれがあり、従つて労使間の勢力関係の均衡を債務者側の下利益に破壊するようなおそれのある事実の存在したことについては何等の疎明も存しない。

一方債権者等側の事情については、債権者西出政治の供述により疎明される通り、ロツク・アウトの実施された当時は債権者等組合側は長期に亘る争議によつて相当疲労しており、その勢力も漸次衰退の道を辿つていたことが疎明せられ、債権者等において更に強力な争議を継続し、債務者に対し優越的な地位に立ち得るような状態にあつたとの疎明は存在しない。右疎明に反する証人西島寛の証言は信用できない。

次に債権者等のなした本件争議行為にロツク・アウトによりこれを阻止しなければならない違法性があつたか否かについて考えてみる。

前示のように債権者等は別紙(四)記載のような争議行為をなしたのであるが、その争議行為中抜打ストライキについては証人木村常二の証言によると特にこれを事前に予告すべき労使間の協約は存在しなかつたことが疎明され、他に特段これを違法とするような疎明が存しない。そうすると、抜打ストライキはそれ自体何等違法な争議行為とすることはできない。右疎明に反する証人西島寛の証言は信用することができない。

次にピケツトについてはそれ自体違法なものではなく、殊にその正当な範囲を逸脱してなされたとの疎明は全くなく、債務者の作業をなすべき船内でのシツドダウンも下請業者の代替就労阻止(これ自体は当然争議行為の正当な範囲内にある。)の為に二時間余りなされたにすぎず二箇月程に亘る長い争議中の行為としては特に取り立てて論議すべきものとは考えられず、又事務所占拠については四月七日、五月二日の二回にわたつて実施されているが、前者についてはその時間も僅か一時間でありかつその詳細を知る疎明は存せず、後者については債権者西出政治の供述によると債権者等は同日の二十四時間ストライキを中止してその就労請求のために債務者事務所に赴いたが、債務者の責任者に会うことができずそのために同所で責任者の帰るのを待機していたものであることが疎明されるのでこれをもつて直ちに違法な争議行為ということはできない。尤も後者における債権者等の態度や行動に行過ぎのあつたことは証人林宗一の証言により成立の認められる乙第十四、第十五号証により疎明されるが、かかるときに或程度の行過ぎのあることは緊張した労使間の対立の中にあつては特にこれを取り立てて右行為全体を違法とするを得ないものであるのみならず、かかる行為が将来も反覆して行われるおそれのあつたことについての疎明は存しない。そしてその他債権者等の争議行為に違法なものがあつたとの疎明は何等存しない。

以上要するに、債権者等の争議行為はその手段方法等において違法なものと解することはできず、従つて右争議行為によつてもたらされる結果は憲法法律等により認められた労働者の争議権行使によつて発生する当然の結果であり、而もそれが債務者に対し異常な損害を与え為に労働者側に対する地位を著しく劣弱化せしめたものであるとは考えられない。即ち債権者等の争議行為によつて労働争議の場における労使の勢力関係の均衡が著しく破れたものとすることはできない。そうすると債務者はこの場合右争議行為に対しロツク・アウトをもつて対抗することは労働者の保障された争議権を抑圧するものとして許されないものと云わなければならない。

右のように考えると、本件ロツク・アウトのなされた五月三日以降その解除された同月十二日迄の間は専ら債務者のなしたロツク・アウトにより債権者等の一切の就労が不当に制限されたものというべきであるから、債権者等の五月五日の就労申入に関する主張について判断を加える迄もなく、債権者等は雇傭契約に基き右期間の賃金請求権を有するものというべきである。

ところで債権者等は債務者に対して五月七日から同月十一日迄の間の賃金の仮払を命ずる裁判を求めているので次にその賃金債権額について検討を加える。

債権者等は債務者に対して五月七日から同月十一日迄に支払を受くべき一日の賃金額は当時の平均賃金額である旨主張しており右平均賃金額が別紙(二)B欄記載のとおりであることは当事者間に争がない。ところが、債務者は右期間中の賃金額については次のとおり主張している。即ち、債務者の直傭作業員中指名日傭労働者を除く全員(常傭労務者)に適用される労務者給与規定によれば、作業員が作業の都合上当日休業を命ぜられた場合これを当日社休或はA社休と名付け社休手当として当該作業員に対し、時間給及び出勤給の八時間相当額の六割の金額が支払われ、前日に休業を予告した場合はこれを予告社休又はB社休と云い、社休手当として一率に金二百円が支給される定めとなつており、一方指名日傭労務者については給与規定協定書により前記A社休につき金二百円、B社休につき金百円を支給すべきものと定められ、直傭作業員全部を通じB社休第二日目以後はA社休に準じ賃金を支払うことになつている。ところで債権者福谷、細井、村上、前田、中山、宮本、浜田は当時指名日傭労務者であり、その余の債権者等は当時常傭労務者であつたが、五月十日、十一日には債権者等直傭労務者が作業をなすべき本船の入港がなく債権者等を就労させることは不可能であり、このことは五月九日には債権者等に予告できたところであるからB社休となりB社休手当が支給されるべきであり、同月十一日については前日債権者等休業のために休業予告ができないのでA社休としてA社休手当が支給されるべきである。そしてその余の三日間は労働基準法第二十六条所定の休業手当、即ち同法第十二条に云う平均賃金の百分の六十を以て支給の限度とする。以上のとおりであるから、各債権者に右期間に支払われるべき金額は別紙(三)C欄記載のA社給手当一日分、同D欄記載のB社休手当一日分及び同E欄記載の前記休業手当三日分、合計同F欄記載の金額である。

ところで、債務者主張の右事実は成立に争のない乙第十号証の一乃至六、第十一号証の一乃至五及び証人原口喜弥の証言により疎明されるが、社休手当の規定は債務者が作業上の理由により休業を命じた場合に始めて適用さるべきもので而もロツク・アウト中に休業を命じること自体あり得ないことであるから本件においてはその適用はないものと云わなければならない。次に労働基準法第二十六条の休業手当に関しては同条は賃金全額を請求できる場合につき特に労働者の生活維持のため、その一部である百分の六十を罰則(同法第百二十条)で使用者を強制して支払わしめるを目的とするものであつて特に民事上の債務を減少せしめたものと解するを得ないから債務者の主張は採用できない。

そうすると債務者は債権者等に対して特段の事情なき限り平均賃金の五日分である別紙(二)A欄記載の各金額を支払うべき債務があることとなり、債務者会社では賃金は前月二十一日から当月二十日迄の分が毎月二十五日に支払われるものと定められていることは当事者間に争がないので右債務は五月二十五日既に履行期が到来しているものと云わなければならない。

そこで進んで債権者等において本案の訴訟が終結するを俟たないで今直ちに債務者に対して右賃金債権の仮払を命ずる仮処分を求める必要があるか否かについて判断を加える。

一般に労働法の立前は労使間の労働関係に関する紛争は労働組合の団結の力を背後に持つて労働者側に有利なことから団体交渉により自主的に解決さるべきものとされている。このことはかかる方策を助長する為に特に法律により労働者に対し団体交渉権を保障しかつ使用者に対しこれを拒否することを禁止し、又労働委員会等の諸制度を設けるなり種々の手段が施されていることからも明らかである。即ち一般の民事事件における紛争の場合とは異り、労働関係の紛争については自主的解決の道を容易に採り得るようにされているのである。

殊に本件における賃金債権は争議行為の継続中にこれに関聯して発生した債権であるから、当時債権者等において右債権の成否等に関し債務者と紛争関係にありこれに対し特に関心を有していたとすれば、右争議の終局的解決の場である前示五月十一日から六月十二日に至る数回の団体交渉においてその重要な議題として提出さるべく、そして若し右交渉において解決できなければその旨の結論を示すとか或はこれを別個の団体交渉に委ねるとかの方策が施さるべきものであり、而もこのような方法を採ることは特に容易であつた筈のものである。

そこで本件についてみるに債権者西出政治の供述によると、右団体交渉において債権者等労働者側はロツク・アウト中の賃金の支払を申入れたが、債務者側より拒否されるや直ちにこれを撤回しそのまま他の議事を進行せしめて結局成立に争のない乙第六号証により疎明される別紙(七)記載のような協定が成立して争議解決に至つたものであることが疎明せられ、又成立に争のない乙第十二号証の三によると債権者等は少くとも十一月末頃迄はすべて債務者会社と従来の雇傭関係を継続していたことが疎明される。

ところで、右協定によると闘争委員(前示乙第十二号証の三、前示西出政治の供述及び弁論の全趣旨を綜合すると債権者西出政治、続木和雄、岩田道明の三名を指すものであることが疎明される。)に限つてその争議中の給与については前例に従い地本支部の交渉において善処する旨定められ(而も後述するようにその後団体交渉によつて解決せられている。)たことが疎明されるに過ぎず、その他の債権者等の賃金請求権については、別途協議するとかその結論を留保するとかを定めた旨の疎明は存せず、又右団体交渉成立後これを債務者に対して本申請以外に請求したとか、この問題について後日団体交渉が開かれたとかの事実については何等の疎明がない。又本件労使の間において争議中の給与につき団体交渉等によつて請求することが、他の協議の成立を邪げたり組合幹部や一般組合員に特段の不利益をもたらすおそれのあつたことの疎明は存しない。のみならず、争議解決に際して会社側から組合側に対して金十万円の資金が交付され、その資金は主として債権者等組合員の争議中の食事代に充当されていることが右供述により疎明される。

以上の事実を勘案するときは、闘争委員を除く債権者等は前認定の各賃金請求権について当時直ちにこれを債務者に請求して急ぎこれを解決するを必要とする事情にあつたものとは認められない。

このことは、次の事実からも容易に推認できるところである。即ち成立に争のない乙第十二号証の一乃至三及び前示西出政治の供述を綜合すると、債権者等は本件争議によつて夫々賃金カツトを受けその額も各債権者によつて一定していないが、組合活動に専ら従事した為賃金減収の多かつた債権者西出、続木、岩田の三名及び争議前より争議中の方が収入の増加している債権者南山、平井、荒木の三名を除く債権者等について、一月乃至三月と四、五月の収入を比較し、その平均を出すと別紙(五)のとおりであることが疎明される。そして、成立に争のない甲第三号証及び右供述によると債権者等は地本の斡旋により労働金庫から四月二十八日から五月二十一日迄の間に三回に亘つて合計金七十三万円をその生活資金として借受けていること、その額は債権者一人につき平均金一万五千円であるが、右借入金は十三箇月の月賦弁済で償還すれば足り、かつ、昭和三十四年四月頃では債権者等の内十四、五名の者が各四、五千円程度の未払金を有しているのみでその他の債権者等は右債務を完済していることが疎明され、更に前示乙第六号証及び証人西島寛の証言によると債権者等は本件争議妥結の結果各自一ケ月金七百円乃至金千円の増収を来していることが疎明される。右の事実によるときは、闘争委員を除く債権者等は争議中は前示借入金によつて生活資金を補填し一応の生活を続けることができ、更に争議妥結後は賃金増加によつて、右借入金を月賦で返済することも困難でないことを予想できる事情にあつたものと言うことができる。以上の事実からも考えられるように当時闘争委員を除く債権者等が本件賃金請求権を直ちに請求し受領しなければならなかつた緊急の必要性があつたものとは言うことができない。

次に闘争委員については、前示西出政治の供述によると右借入金の外に前示のように賃金カツトが多いので地本から各自金二万円の生活資金の贈与を受けており、更に前記争議妥結の際の協定に基く後日の団体交渉の結果争議期間を通じて二十日分の賃金が支払われていることが疎明される。そうすると闘争委員は賃金カツトの多い代りに他の債権者等の生活資金補填の方法の外に特別にその補償方法が採られておるのみならず、右二十日分の賃金の保障により右争議解決後の闘争委員の給与に関する団体交渉が妥結したのであるから、本件賃金請求権を含む争議中の賃金請求権を放棄したとまでゆかなくとも少くとも当時の状況としては直ちにその支払を受けねばならない急迫な事情は消滅したものと解さなくてはならない。又、労働金庫からの借入金の返済及び争議後の賃金の増加について前認定の他の債権者等の事情と同一であることが前認定に供した証拠により疎明せられるから、右賃金の保障等の事情と綜合すればこの点に関する判断及び結論は先に他の債権者等について述べたのと同様であり、特にこれと異る結論に導くべき事実に関する疎明は存在しない。

次に前示のように争議妥結の団体交渉の成立したのが六月十二日であるから、それより数箇月を経過した本件口頭弁論終結時においてはその後の債権者等の雇傭関係の継続と賃金の増加(但し途中これ等の点につき変動のあつた者は後述する。)は、本件争議による債権者等への影響を殆ど消失せしめたものと解しても過言ではなく、従つて争議妥結当時より本件仮処分申請の必要性即ち今直ちに債権者等主張の五日分の賃金請求権の弁済を受くべき必要性は減少したと解する余地はあつても増大したと解することはできず、又新たにかかる事情の発生した事実を疎明すべき証拠は存しない。

尤も別紙(六)記載の債権者十五名が同記載の通り退職金を受領していること及び別紙(五)記載の債権者福谷三郎以下七名は指名日傭労務者であつたが、昭和三十四年一月頃その指名を解かれ金三千円又は金六千円の解雇手当を受領していることは前出乙第十二号証の三により疎明される。しかし前示西出政治の供述によるとその八割位の者がその後指名日傭労務者として債務者会社の仕事に従事していることが疎明せられ、弁論の全趣旨によると他の債権者等も他に適当の職を得て稼働していることが疎明されるので特段の証拠がない以上一応通常の生活状態にあるものと云うより外はないので他の債権者等に関する前判示と同様に解する外はなく、俄かにこれ等の債権者についてのみ本件仮処分の必要性があるものと断ずることはできない。

以上本件仮処分の申請はその必要性があるとは解することができないので理由のないものとしてこれを棄却するを相当とし、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を夫々適用して主文の通り判決する。

(裁判官 日野達蔵 前田亦夫 高山晨)

別紙(一)、(二)、(三)〈省略〉

別紙(四) 争議状態の概況

一、二月五日   地本はベースアツプ二千円外五項目の要求書を提出した。

一、二月十一日より三月十五日まで団体交渉(以下「団交」と略記する。)

一、三月二十三日 地本にて全員職場大会を開催、スト権が地本に移譲された。

一、三月二十五日 業者四社、地本から闘争宣言(二十四日附)の文書の交付を受けた。

一、三月二十六日 午後四時から二十四時間船内荷役スト実施。

一、三月二十九日 午前十時二十分から三十日午前七時まで二十時間三十分船内作業現場において抜打スト実施。

債務者扱山宮丸にて午後二時より岸壁ピケを張り、バラ麦揚げのための臨時傭員の乗船を阻止し荷役不能となつた。神戸海陸扱住友倉庫新港町倉庫前に荷役妨害のためシツド・ダウンをした。

午後七時団交再開。

一、三月三十一日 午後二時、午後五時、午後七時、団交。

一、四月一日   午前十一時団交決裂。

一、四月四日   業者四社は能率給を実施して実質賃金の増加をはかる意図ある旨、一般に声明書を告示した。

一、四月五日   午後二時団交再開、前示能率給に関し討議したが地本はこれを拒否した。

一、四月七日   午前九時半から二時間の抜打スト。

債務者事務所を正午から午後一時頃まで組合員多数で占拠した。

一、四月八日   昌栄運輸事務所午前十時から午後二時まで占拠。

一、四月九日   午前十時から日本運輸本社事務所に組合員約百名座り込み。

一、四月十日   会社側提案の能率給に関する研究委員会開催(双方同数)

一、四月十一日  同上。

一、四月十二日  同上。

一、四月十三日  午前十時四社団交、地本は委員会を解散し、業者各社別に地本と対角線交渉を翌日より開くべきことを要求した。

一、四月十四日から二十六日まで、対角線交渉を繰返す。

一、四月二十七日 団交。

一、四月二十八日 団交決裂(債務者、神戸海陸)

地本より日本運輸、昌栄運輸に新要求の提出。

両社拒否。

一、四月三十日  午前十時より十二時まで二時間抜打スト。

一、五月一日   メーデー参加。

午後一時より五時まで神戸海陸扱の住友倉庫新港町倉庫前ピケ、午後八時より翌朝七時まで神戸海陸、債務者の二社のみスト実施。

一、五月二日   午前七時から二十四時間スト。

午前八時から十時十五分まで債務者扱箱根山丸船上にシツド・ダウン(下請業者の就労阻止のため)午前八時から十一時まで神戸海陸扱ありぞな丸にシツド・ダウン

正午から午後四時まで債務者事務所二階占拠さる午後四時から五時まで、神戸海陸事務所占拠同社業務不能に陥る。

一、五月三日   午前五時債務者、日本運輸、昌栄運輸の三社ロツク・アウト告示(二日附)

地本昌栄支部は午前七時組合大会を開き、全港湾地本より離脱、スト中止を決議、午前十時にその旨会社に通告し、昌栄運輸はロツクアウトを解いた。

日本運輸は現業部事務所を午前七時から午後四時半まで約百五十名の組合員により出入口にピケをはり、事務所内に侵入し内外の交通遮絶し、業務の執行を不能ならしめた。

一、五月六日   地本からの団交再開の申入につき、会社側はこれに対し回答した。

一、五月七日   地本は団交再開のため業者側との交渉の斡旋を兵庫県地方労働委員会に申し出た。

一、五月八日   業者三社は地労委を通じ団交再開の条件として、闘争宣言の撤回を申入れた。

一、五月十一日  午後二時三十分団交再開。

一、五月十二日  業者三社、地本の双方名をもつて、団体交渉を行う旨及び会社はロツク・アウトを解き、組合は鉢巻をとり、実力行使を中止する旨を告示した。

一、五月十三日  団交。

一、五月十四日  同上。

一、五月十六日  同上。

一、同十九日   同上。

一、同二十二日  同上。

一、同二十六日  同上。

一、六月十二日  妥結調印。

別紙(五) 賃金収入比較表

氏名

1,2,3月平均

4月

減収

5月

減収

加古菊太郎

34,078

30,495

3,583

20,731

13,347

橋本春治

34,777

27,816

6,961

23,979

10,798

則長義広

36,083

27,839

8,244

22,086

13,997

杉本松次

32,903

25,872

7,031

20,807

12,096

五百旗頭勇次郎

34,370

28,902

5,468

21,436

12,934

小倉秀次郎

30,611

20,916

9,695

20,291

10,320

柳功

25,780

27,448

1,668

19,696

6,084

浜崎庄吉

34,932

27,956

6,976

21,699

13,233

川野秀行

34,291

26,889

7,402

21,129

13,162

柏原基市

27,034

25,843

1,191

17,751

9,283

福井義夫

23,891

22,198

1,693

17,042

6,849

土師義信

32,251

25,752

6,499

20,357

11,894

鍛冶成和

32,310

26,694

5,616

20,530

11,780

重山三男

23,853

22,812

1,041

15,117

8,736

尾西実

23,701

15,951

7,750

15,138

8,563

田辺清市

28,714

15,853

12,861

17,676

11,038

村下清太郎

28,994

20,710

8,284

17,863

11,131

坂田春義

31,364

24,360

7,004

18,921

12,443

浅瀬良雄

17,253

16,259

994

15,603

1,650

服部博

23,080

17,858

5,222

16,159

6,921

宗石久信

21,294

17,396

3,898

16,216

5,078

潟山勲

19,127

20,020

893

14,603

4,524

宮内之夫

23,906

9,882

4,024

13,393

10,513

小田日吉丸

13,025

10,618

2,407

9,445

3,580

岸田徳弘

16,817

17,502

685

11,914

4,903

坂井功

15,956

8,575

7,381

10,030

5,926

森井章進

11,284

10,705

579

6,740

4,544

田中親元

21,511

19,280

2,231

15,353

6,158

山下三男

15,501

13,927

1,574

13,419

2,082

江口三郎

24,306

18,452

5,854

11,708

12,598

坂藤吉男

25,588

23,083

2,505

16,565

9,023

日野由雄

18,036

13,792

4,244

5,641

12,395

沓掛武

16,914

17,210

276

12,332

4,582

山下藜利

22,371

21,458

913

13,211

9,160

大島健一

141,615

6,976

7,639

7,395

7,220

手塚兵輔

20,270

14,134

6,136

10,238

10,032

宗石久義

12,735

15,019

2,284

12,050

685

903,526

746,452

1割8分減少

162,900

584,264

3割5分3厘減少

319,262

5,826

平均 (241,081)2割6分6厘減少

福谷三郎

16,513

14,380

2,133

11,447

5,066

細井弘幸

16,673

15,768

905

11,870

4,803

村上七造

16,073

17,679

1,606

12,020

4,053

前田稔

12,086

13,904

1,818

11,873

213

中山孝治

15,902

16,364

462

11,970

3,932

宮本竜一

16,424

16,158

266

12,020

4,404

浜田賢一

12,379

13,591

1,212

11,870

509

106,050

107,844

3割1厘減少

3,304

83,070

2割1分6厘減少

22,980

5,098

注 本表は下規の者を除いた。

1.組合役員              三名

1.仮処分取下者            十名

1.争議中に争議前より収入増となつた者 三名

別紙(六) 退職者表

退職者名

退職年月日

退職金

柏原甚市

昭和三十四年二月五日

停年退職 六三、五二〇円

南山力男

昭和三十四年一月十一日

八〇、七九六

重山三男

同右

八三、〇七九

浅瀬良雄

同右

四二、一三五

服部博

昭和三十四年一月三十日

三九、六五八

小田日吉丸

昭和三十四年一月十一日

二二、五七五

岸田徳弘

昭和三十四年一月八日

三一、四三五

坂井功

昭和三十四年一月十一日

三四、五〇四

森井章進

同右

二六、四八〇

平井政夫

昭和三十三年十一月二十八日

一〇、六八八

山下三男

昭和三十四年一月十一日

三一、九六九

日野由雄

昭和三十三年十一月二十八日

五、二五〇

沓掛武

昭和三十四年一月十一日

二九、四八九

荒木毅

昭和三十三年十二月九日

五、七七五

手塚兵輔

昭和三十四年一月十一日

二六、〇五八

別紙(七) 協定書

一、全港湾神戸地方本部の賃金値上げに関しては左の通り奨励金ならびに補給金にて解決をする。

日本運輸 能率奨励金

平均歩二〇〇時間で四五〇円

東神荷役 平均歩二〇〇時間で四九五円

海陸作業 五厘歩上げ相当額を基準として補給金を支給する。

但し、日運、東神の能率奨励金については八月以降月額安定した方法で支給できる様協議する。

二、争議解決の条件にすることなく三社は組合に対し正常な組合行事遂行に協力する。

三、争議中の闘争委員の給与に関して前例に従い支部交渉において善処する。

昭和三十三年六月十二日

全日本港湾労働組合神戸地方本部

執行委員長 多賀宗一

日本運輸株式会社

東神荷役株式会社

神戸海陸作業株式会社

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